『コミュニケーション能力』ってなんですか

なんだか,インターネットでここのところ良く観る語句である。いわんや「コミュニケーション能力に問題の在る若者」とか「どうせ非コミュだし」とかいう社会参加しない言い訳とか。
コミュニケーションってそもそも複数のヒトとヒトが居て,意志の伝達とか疎通の成り立ちのことを指すコトバなんでないか。つまり社会に帰属する観念。翻って「能力」っていうのは個人に帰属する観念ではないか。まぁ「社会性」っていうコトバ観念は昔からあって,意識とか規範の社会での共有事項を平均的に理解して沿った行動を取れているかどうかって評価基準。
一方的に「おまえのコミュニケーション能力」とか評価されるのってなんか語感として不自然に感じるのね。語彙とか観念を共有できない個人同士ならコミュニケーションは成り立たんだろう,当然の帰着。しかし,その個人同士がお互いに他方の能力不足を批判している状態とか,いずれかもしくは両方が己の能力不足を嘆いている状態ってすげー滑稽だよ。