なんだかね

高校入学の最初の国語の授業,教師が黒板に書いてこの年齢の一時の大切さを語った。たぶん彼もそれを15歳のガキどもが理解するとは信じていなかった,ただ提示して語る「熱がそこにある」ことの示威行為としか解釈していないワシ。ひょんなウェブ巡回でつい先日その先生が亡くなったことを知った。
先生,夏休み課題の読書論文ついぞ一つも提出しなかったのに進級させてもらってすみませんでした。でも,これの後半の「悲しくなってしまった」が当時も今もワカリマセン。欠けて磨かれるのがヒトの一生だと思うのですよ,あー自分で置いてきたこと無自覚に放棄してきたことの認識の違いなのだろうか。文化祭体育祭のことを「狂気の季節」とホクソエミながら語った先生,なるほど実利でもない行事ごとになぜだか必死で取り組み泣き笑う僕らがイトオシカッタのですね。

かなしみ

あの青い空の波の音が聞えるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった

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